2013年12月13日金曜日

ナットビーム先生の文献から健康教育の歴史を見る

今さらですが、ナットビーム先生の

Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century[1]

を読みました。
だいぶ前に一度読んだことがあったのですが、その時は正直「ふーん」位しか思わなかった気がします。そこで今回あらためて読んでみたのですが、というのもTwitterのTL上にこれが流れてきてなんとなく読んでみるかと思い読みだしたんですが、率直な感想が「これめっちゃ秀逸な文献じゃん!」でした。

この文献を知らずしてヘルスリテラシーを修士の研究テーマに挙げていたとは恥ずかしい。
といっても前回読んだ時より再発見があるのは今研究室で学んでいるからこそなので、少しでも自分が成長(?)しているのであればそれは良いことだとポジティブに捉えたいと思います。

この文献の概要を分かりやすくメモしておきたいところですが、今回は歴史的背景を中心にメモしておこうと思います。ヘルスリテラシーを理解するにはこの文献で述べられている健康教育や健康の社会的(政治的?)な運動(キャンペーン)の歴史は抑えておく必要があるからです。
また、ナットビーム先生の言うヘルスリテラシーについては以前のエントリでも何度か取り上げているので割愛します。



ここでは先進国での話になりますが、1960年代1970年代は健康に関する運動は健康的な生活習慣による非感染症の予防に向けられていました。このような運動の多くは(健康・医療)情報のやり取りについて重点が置かれ、またコミュニケーションと行動変容の関係性に対する単純な理解に基づくものでした。ですが、そのような情報のやり取りのみに焦点を当て、個人の社会的状態や経済的状態を考えていなかった運動は、健康行動に影響をもたらすような期待された結果に到達していないということが明らかになってきました。1970年代に現れた多くの健康教育プログラムは、地域の中でも十分な教育を受け、経済的にも余裕がある人のみに効果的であるということが分かったのです。このような集団は伝統的メディアによって流される健康に関するメッセージを受け取り、それに対応するための高い教育水準やリテラシー、対人能力、経済的資源を持っていると考えられました。

1980年代には、より高度な、理論に基づく介入という新世代の発達により疾病予防のツールとして健康教育がかなり力を持つようになりました。
代表的な例としてアズゼンやフィッシュバインの計画的行動理論(Ajzen and Fishbein, 1980)やバンデューラの社会的学習理論 (Bandura, 1986)といったものがこの時代の健康教育に取り上げられています。また、同じときにソーシャルマーケティング (Andreasen, 1995)も現れてきました。

こういった歴史的な進歩があるにもかかわらず、これらのコミュニケーションや教育に頼った介入は行動変容という実際に持続性のある結果にほとんど到達せず、また、社会の中での異なる社会的、経済的集団間にある健康格差を縮小させることにほとんど影響をもちませんでした。

このような歴史をもう少し広くざっくり見てみます。、
19世紀の公衆衛生学的活動は、産業革命によってもたらされた壊滅的な住居や職場環境を改善する必要から健康の社会的、環境的な決定要因へ注意が向けられましましたが、20世紀後半には上述のようにそれが個人のとるリスク行動に向けられてしまいました。
ですが近年オタワ憲章やジャカルタ宣言を通して、ヘルスプロモーションは私たちが健康の決定要因を是正する力を向上させるための公衆衛生学的な取り組みとして理解されてきました。
そして今、この21世紀にヘルスプロモーションに変わって注目されているのがヘルスリテラシーといえます。

そしてナットビーム先生が言うヘルスリテラシーというのは情報の理解や適応にとどまらず、私たちが社会を変えていく力になります。ナットビーム先生も文中で述べているように、概念としては新しいものばかりではなく、むしろヘルスプロモーションと同じところが多くあります。ではなぜヘルスリテラシーとして取り上げられているのかと言えば、この文献内で"repackaging"という言葉が用いられているように、最近失われつつある本来のヘルスプロモーションの意味をヘルスリテラシーで"再包装"し再び社会に目を向けようという感じがあります。←Tones(2002)の言葉で言えばヘルスプロモーションというよりは「エンパワメント」の再銘柄化ですね。(H26/1/2追記)
そしてこれがナットビーム先生の言う所のcritical health literacyです。これは個人だけでなく社会や地域に益するものとして位置づけられています。



この文献を読むと分かると思いますが、ヘルスリテラシーという言葉を使って非常に明快な説明をしています。確か、他の文献に引用されてる数(インパクトファクター)でもトップの方だったと思いますが納得です。

そういえば最近のキックブッシュ先生のツイッターを見ていても非常にエネルギッシュな感じがするので今後どうなっていくのか楽しみな分野になってきています。

冒頭では私自身をポジティブに捉える発言をしましたが、まだまだこの分野を追い切れていないので、授業もひと段落ついてきたことですし自分の研究をがんばります。




Nutbeam, D. (2000). Health literacy as a public health goal: A challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15, 259-267.[1]



2013年12月2日月曜日

WHOのThe solid factsによるHealth Literacy-Social media and mobile health-

看護情報学特論ⅡでWHOのThe solid facts Health Literacyを読んでいます。
これは今までにも紹介してきたEuropean Health Lieracy Surveyの結果を受けて、その調査のボスとも言えるKickbusch先生やPelikan先生らが編集し、今年発行されました。

今回はこの中でテーマの1つになっているSocial media and mobile healthについてのメモです。



文頭では、

保健医療に関わる組織は、孤立したウェブ上の島になっている〝読むだけ″の情報ポータルをとりあえず作ってはそこに人々が訪ねてくるのを期待するより、人々がすでにいる(ソーシャルメディア上の)オンラインへ向かうべきである。 

というMaged N. Kamel Boulas先生の言葉を載せています。
訳が下手なのであれですが、とにかく受け身になるなということでしょう。
何もしなくても人が集まるというのは普通の市場に存在する企業ではありえません。
そのように考えがちなのがやはり医療で、次いで教育などでしょうか。

ここでは最初にWhat is known(分かっていること)として5項目挙げられていますので順に紹介します。


1. ソーシャルメディアは、利用者が健康に対する適切な意思決定をするために必要な健康情報やサービスを入手し、検討し、理解する力を潜在的に向上させることができる。 

ソーシャルメディアの強みとして常に言われているのがバイラルソーシャルマーケティングです。
これはもともとはバイラルマーケティングという言葉で、意図的に口コミを広めることで、コストを抑えながら宣伝するというマーケティングでした。この口コミという手法とソーシャルメディアが相乗効果を持って組み合わさったのがバイラルソーシャルマーケティングだと言えます。

他のマーケティングと比べてより多くの人に、より早く、かつ最低限のコストで及ぶこのバイラルソーシャルマーケティングは、健康教育やヘルスプロモーションにおいて重要な役割を担います。
この文献ではトルコにおけるコンドーム利用の促進にうまく使われたと述べられています。

この例からすると、確かに必要な情報やサービスの入手にはつながりますが、検討や理解というところまで向上させているのかというのは私の疑問です。
ソーシャルメディアによって検討や、理解という力を潜在的に向上させる可能性があるとすれば、それはその情報の受け手が様々な情報に晒されて、それらの取捨選択をしていく過程で学習が行われていくのかなと思います。

ただし、行動経済学の世界では情報量が増え、意思決定するのが複雑になるとデフォルト(あらかじめ決まっているもの)となっている選択肢を選択したり、考えるのをやめてしまうというようなことも言われているので情報に晒されることが学習になるとはやはり一概には言えないかもしれません。


2. オンラインソーシャルネットワークや参加型(participatory)コミュニケーションメソッドはピアサポートにとって貴重な機会を提供することができる。

出ましたPatientsLikeMe。peer to peerの話ではやはりここが取り上げられます。
実際、この文献でもclassic(典型的、伝統的) exampleとして紹介されています。
これは様々な疾患を持った人たちのSNSで、お互いに情報を交換したり、自分と同じ疾患を持った人の経験を知ることができます。 
これを使うことで認知的なベネフィットを得たり、セルフマネジメントが向上すると報告されています。

ここでは他にもTeen2Xtremについて紹介されていました。
Teen2XtreamはUCLAの公衆衛生大学院や、医療保険、プログラム、機関などを扱うHealth Netなどによって運営される10代のヘルスリテラシー向上を目的としてたSNS型のサイトです。この紹介スライドが下です。

3. モバイルソーシャルウェブは今や、健康を含むほぼどんなトピックでも網羅するアプリの共有や評価、おすすめ、検索を可能にしている。


スマートフォンやタブレット、最新世代のOS、ブラウザはソフトウェアのダウンロードやインストールを楽にし国民的なものにしました。
この例としては、イギリスのNHSが提供するモバイルアプリは2011年5月に公開されてから6ヶ月間で、信頼できる健康アドバイスを求める1億人以上の人によってダウンロードされました。

調べてみたところそのアプリがこちらのNHS Health and Symptom Checkerのようです。iPhoneとAndroid両方に対応しており、2013年9月の時点でアップデートされています。ネット上のホームページもそうですが、こういったアップデートは非常に重要であり、その信頼性にも関わってくるものだと思います。
ところでこのNHSですが、ちょうど1年前の2012年12月から「NHS choices health apps library」をローンチしています。 様々な種類のアプリがその有益性をきちんと評価されて集まっています。面白いですね。

4. スマートフォンとそのアプリは急速にかつ根底からヘルスケア、特に慢性的な状態にある人々のケア、を変えている。

このことはヘルスケアが、必要性という点でより流動的になり、全ての関係者の参加(engaging)によってより参加型になることを可能にしていると述べています

また多くの専門的な医療のモバイルアプリはヘルスケアのコストを下げ、臨床的アウトカムを向上させるのに十分な力を持っており、現在、この種のアプリの人気増大と範囲の拡大を考慮してアメリカのFDAは監督の対象となるアプリの枠組みをガイドラインにすることを提案しているようです。

ここではアプリの例としてPlain-language medical dictionaryを載せていました。
これは医療用語を日常的な言葉に変えてくれるものです。
これはWeb上でもiPhoneアプリとしても利用可能です。

医療や健康に関するアプリを検索すると本当にたくさん出てくるのですが、どれがエビデンスに基づいていて使えるものなのか判断するのはこれもまた難しい問題になりそうです。
デザインだけ見るとどれも使ってみたくなるようなデザインですし、ほとんどのものが無料です。
無料ならとりあえずダウンロードできてしまうので、今後医療や健康に関するアプリの利用についてもデータをとって明らかにする必要がありそうです(ランキングからある程度わかるようにデータ自体はあると思いますが)。


5. ソーシャルメディアは他の伝統的メディアより高いリスクをとる。

ここではソーシャルメディアのリスクについて触れています。
言われているところが、ソーシャルメディアの世界では誰もが情報を発信できるという点で、misinformation誤報やdisinformation意図的な誤報が広まるということが挙げられています。
こういった事実ではない情報が普及することをthe water ripple effect(日本語では何でしょうか。さざ波?波紋?効果)として急速に広く普及すると説明しています。

この問題はもっともなことで、だからこそ最近ではリテラシーが問われるということが増えているのですが、伝統的メディアよりリスクを取っているというのはどうかと思います。
確かにテレビや新聞などでは、一般的にモラルが低いとされるような情報であったり、明らかな嘘が流されることは基本的にはないと思います(かつてある健康番組でデータのねつ造というようなっこともありましたが…一般論的に言えばメディアはBPOなどによって放送倫理なども問われていますし第三者のチェックが入ります)。

それでもやはり私にとって伝統的メディアの怖いところは、明らかに情報操作が働いているところです。偏った見方を一方的に与えられるだけの方が私にはリスクに思えます。
そういえば最近の研究会の輪読でもagenda setting議題設定効果の話があったのを思い出しました。ただここではメディアの話はこのへんにしておきます。

もちろん伝統的メディアだからこその利点もあるのでどっちがいい悪いの話にはなりませんが、ソーシャルメディアには高いリスクというのは言い過ぎかなと感じます。
ただしなんでも新しいものは批判されるというのが世の常です。


以上の5つに続いて、次にWhat is known to work – promising areas for action(うまくいくためにわかっていること―活動に前途有望なエリア)として3項目取り上げられています。


1. 信頼できるソーシャルメディアチャネルの創造

信頼できるソーシャルメディアの創造によって多くの質の高い情報を広めることができる一方で、消費者は批判的な情報の評価や情報の探し方を学ぶことができます。
ここではその信頼できるソーシャルメディアチャネルとしてNHS Choicesを取り上げています。


2. 監視と抑止

ソーシャルメディアでは自由に投稿やコメントができるべきであり、それが本質であるが、定期的に監視と抑止が行われるべきとしています。
特にアカウント所有者はパスワードなどで自分を守る必要があります。
また運営組織も規制やガイドラインを敷き監視する必要があります。
こういった作業は非常に骨を折るものですが、オンラインコミュニティのリーダーとなる患者や(expert-patient)一般の人を育てることでファシリテートできるようになります。


3. 受け手に適したチャネル

ソーシャルメディアの内容や利用メディアの選択はターゲットの属性や意向、読解力のレベルにあったものを選ぶ必要があります。
また計画の段階からそのサービスの評価までターゲット集団の代表者に参加してもらうことが重要です。そしてテキストだけでなく、インタラクティブなゲームやライブセミナーなどの様々な方法を考えていく必要があります。



以上がSocial media and mobile healthの内容になります。
もう少しヘルスリテラシーとの関連で話が進むかなと期待していましたが(ある意味、話の内容の全てがヘルスリテラシーに関わっているのは確かですが)、ほとんど今までにもあったような総括となっています。
European Health Lieracy SurveyでもそこまでネットやモバイルといったeHealthを意識した質問紙になっているわけではないのでそこまで新しいことを述べることはないかなとは思っていましたが、ちょっと残念です。
ただ、このエリアは今後多くのエビデンスが増えていくのだと思います。
最近もPubMedではmobileやネットとヘルスリテラシーの関連を見ている文献が出ていました。
今後に期待しながら、私もがんばります。